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書籍刊行記念トークイベント:<知の>狩猟術レポート

2014/06/16

「インヴェンション」(明治大学出版会)「惑星の風景 ー中沢新一対談集」(青土社)刊行記念トークイベント:<知の>狩猟術

4月25日(金)、高山宏+中沢新一『インヴェンション』(明治大学出版会)及び中沢新一他『惑星の風景』(青土社)という二冊の対談集の刊行を記念したトークイベントが、神保町の東京堂書店で開かれました。二人の公開対談は初めてではなく、明治大学主催による「Theatrum Mundi ―世界は劇場―」で既に実現した顔合わせで、今回が二度目となります。

満員の会場に二人が入場し、温かい拍手に包まれながら対談はスタートしました。両碩学による対談はユーモアを交えつつ飄々と進み、話は四方八方へと軽やかに拡散していった印象ですが、いくつかのキーワードについては立ち止まって集中的に語られることもありました。今回のレポートではそういった何個かのキーワードを拾っていき、時間軸に沿って並べることで、この対談の「流れ」(決して「形」をなさないアモルフなもの)を浮かび上がらせていきましょう。

 

俵屋宗達

高山さんは中沢所長が出演した日曜美術館「夢の宗達 傑作10選」(2014年4月20日)の放送を見ていたようで、対談はまず「風神雷神図屏風」で名高い俵屋宗達の話題から始まります。この番組の中で、「宗達の絵からは、物質界に現象する以前の、何ものにも歪められていない、自然ののエネルギーが放出している」ということを中沢所長は指摘しました。高山さんもこの点には共感していて、両人とも宗達の絵は極めて言語化が難しいと言います。

地上波にはのらなかった、思わぬ話も飛び出します。「俵屋宗達とは何か?」を問われた中沢所長はダウン症の人たちのアートや、園芸療法で造成された庭などの例を挙げ、「宗達の絵とはそういう何か途方もない「生」に触れているところから生まれた芸術でしょう」と答えたそう。病気と診断されている状態を「精神の計らいのない状態」ととらえ、宗達の絵にはそれが形となって表現されているといいます。善悪や社会に規定される人間の基準をはるかに超えた自由さがそこには見事に現れています。

 

conversation(会話)

宗達の話の後は二人の対談集『インヴェンション』の話へ。中沢所長が高山さんの書いたあとがきに触れると、高山さんはart of conversation(会話術)について語り始めます。日本語では「会話」とただ訳されるこのconversationという単語、実は本対談の肝となる重要なものでした。versという語根は、元々はラテン語のverto(転がる・転がす)です。つまりconversation(会話)とは、「共に(con)転がす・転がる(vers)」ものであり、脱線や横転を繰り返しながら気儘に進んでいくものだというのです。このconversationのよい例として、18世紀の英国の小説家トマス・ラブ・ピーコックの作品群[i]が挙げられます。ピーコックの残した6つの長編小説はどれも、テーブルを囲んだ数人の人達がとりとめもない会話をし、何の結論も出さずに終わる奇妙なものばかりです。しかしこの一見何の意味も持たないお気軽なテーブルトークが、18世紀の紳士たちにとっては素養であり、重要な「アルス」だったのです。ですからこのend(終り/目的)のない対談は、正に18世紀的なconversationと呼ぶにふさわしいものでしょう。

 

英語

(元)英文学者の高山さんが専門としている「英語」の話題も飛び出しました。『インヴェンション』の第四章「軽業としての学問 山口昌男をめぐって」ばかりが話題となって、第五章の「英語と英語的思考」のリアクションがそれほどでもないことに、両人とも一抹の懸念を抱いたようです。中沢所長は「英文学領域への関心が減少していく反面、実用英語そのものへの関心は洪水のように押し寄せている」と指摘し、「そういう時代において高山さんの(上のconversationにみられるような語源考に近い)英語論は、昨今の英語教育にはない深みを持っている」と言います。

 

Invention(発明)

続いて話は、対談集のタイトルでもある“invention”へと転じていきます。高山さんはルソーやソシュールの研究で名高いジュネーブの学者、ジャン・スタロバンスキーの『自由の創出』(法政大学出版局)の話を持ちだします。この作品の原題は“L’invention de la Liberté”ですが、このinventionは「創出」ではなく「発明」と訳すべきだったと言います。というのもスタロバンスキーは、キーボードや電球の発明と同じレベルで自由を「発明」であるからです。そして実は中沢所長もスタロバンスキーの熱心な読者で、『カイエ・ソバージュ』シリーズの第四巻『神の発明』は、スタロバンスキーのこの著作を参考にして命名したといいます。神という概念も、キーボードや電球と同じ発明品なのですね。

 

惑星的思考

前半は『インヴェンション』の話でしたので、後半は『惑星の風景』についてです。中沢所長は、『惑星の風景』というタイトルを、ミシェル・セールとの対話から取ったことをまず明かしました。それを受け高山さんは、「惑星」という言葉からイマジネーションを膨らませ、1964年に澁澤龍彦の『夢の宇宙誌』が上梓され、同時にギリシャ人哲学者コスタス・アクセロスがフランス語でものした『遊星的思考へ』が世に出たことを指摘します。60年代に青春を送った世代は、G・C・スピヴァクが『ある学問の死』(みすず書房)で「惑星的思考(Planetarity)」を打ち出すより早くに、澁澤やアクセロスによってその思考に触れていたというのです。またグーグル的感覚が今の「惑星的思考」にはつけ加わっていると中沢所長は言います。つまりグーグルによって極大の情報から極小の情報まで一気にズームアップし、そして逆にズームアウトもできる、あの検索のスピード感が「惑星的」なのです。

さて、グーグルから話はグーグルマップへ発展していきます。高山さんは明治大学のある中国人留学生に、「竹島/独島はグーグルマップではどう表記されているか分りますか?」と聞かれたそうです。で、実際に見てみると、驚いたことになんとそこにはLiancourt Rocks(リアンクール岩礁)と表記されていたそうです。煎じ詰めれば、ただの「岩」です。高山さんはこれこそが「惑星的思考」だと言います。つまり「竹島か?独島か?」というレベルで議論をしていればそれはグローバルな問題で解決不能ですが、もう一段パースペクティブが上がるとそれはプラネタリ―なレベルの問題になるのです[ii]。

 

地質学

中沢所長の著書である『アースダイバー』(講談社)も、実はこの「惑星的思考」と似た考え方に貫かれています。つまり都市の地中深く(あるいは過去)に潜りこんで、地上(あるいは現代)へと回帰する、そういった垂直方向に伸びて新たなパースペクティブを獲得する運動性が似ているのです。高山さんは『アースダイバー』を読んだ感想を「狂ったロマン派の地質学」としました。

アースダイバーを「ロマン派地質学」と評したことから、話は地質学の方面へと流れていきます。新聞などの一区画を占める「縦の文字の塊」のことを英語でcolumn(コラム)といいますが、ヴィクトリア朝には「炭鉱の立坑」も意味したのだと高山さんは語ります。立坑と新聞の文字の塊が、共に下方に掘り進んでいくイメージで不思議と重なってきますね。ちなみに世界最高の英語辞書であるOxford English Dictionary(通称OED)[iii]、その紙面を構成した13人のうち11人が地質学の専門家であったことを考えると、言語学と地質学が「深みに向かって掘る」という同じ営為から成り立っているものだと面白いくらいに見えてきます。ここで中沢所長は言語学と地質学の類似に加え、精神分析学も同じ営為であると付け加えました。

 

『モダニズムの惑星』

2003年に上梓された『ある学問の死』において、スピヴァクは「惑星的思考」を打ち出しましたが、その衣鉢を継ぐ形でアメリカ文学者の巽孝之さんが『モダニズムの惑星』(岩波書店)という比較文学研究書を2013年に発表しています。この本は一時は無効とされたスピヴァクの「惑星的思考」を再評価し、英米のモダニズム文学を再構成することを目指した本です。先ほどの竹島・独島問題でも話題になりましたが、やはり文学においてもグローバリズムでは捉えきれない問題が見えてきたことから「惑星的思考」が浮上してきたのでしょう。こういったグローバリズムの限界という問題に触れながら、高山さんは「グローバリズムはアングロサクソンの世界的企み」と語り、それを受け中沢所長も「グローバリズムが覇権となって世界を覆い尽くさんとする情勢は好かない」と苦言を呈しました。

 

『惑星の風景』

「なぜいま対談集を出すのか?」という高山さんから中沢所長へのアクチュアルな問いかけもありました。「対談は残らずに消えていくものと考えていて、元々対談をまとめるなんてアイディアはなかった」とは中沢所長の談ですが、『くくのち』(愛知万博の準備誌、非売品)に残した3つの優れた対談(レヴィ=ストロース、ミシェル・セール、ブルーノ・ラトゥールらとの対談)は何らかの形で世に出したいとずっと思っていたそうです。そこにタイミングよく青土社の方から対談集の話が舞い込んできたので、上梓されるに至ったのでした。

 

一時間半に及ぶ対談はこれにて終幕です。 「<知>の狩猟術」ではなく「<知>の乱獲」と呼んでもいいような、こちらが思ってもみない「知の獲物」を提示してくれる、サプライズに満ちた対談だったのではないでしょうか。まさに会話の妙技!を感じた時間となりました。

 

 

明治大学出版会(丸善出版)『インヴェンション』高山宏×中沢新一

青土社『惑星の風景 中沢新一対談集』

どちらも好評発売中です!どうぞお読みください。



[i] ピーコックは6つの長編小説を残していますが、邦訳はなし。

[ii] スピヴァク流の捉え方でいけば、グローバルを「バーチャル」、プラネタリ―を「リアル」という言葉に置き換えてもいいかもしれません。資本主義の介入によって経度線や緯度線がバーチャルな電子状格子となり、それで国境線などが非人間的に決定されている現在、それを人間的なリアルなものとして取り戻すには「惑星的思考」のパースペクティブが必要でしょう。

[iii] あらゆる語の初出が網羅されていることで有名。

 

 

(文:後藤護、写真:野生の科学研究所)

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