JA愛知東懇談会「自然の叡智と農」
2013/11/01
現在、愛知県の4つのJAと野生の科学研究所は、これからの協同組合や農業のあり方について話し合い、協働企画を進めています。2013年8月27日(火)、中沢所長は愛知県・新城市を訪れ、JA愛知東の女性部役員の方々との懇談会を行いました。中沢所長による講演とともに、女性部のさまざまな取り組みや、直面している課題などについて、活発な意見交換が行われました。
今回の懇談会の主催者である「JA愛知東」の河合勝正組合長は、以前より中沢所長の考えに深く共鳴し、JAが抱えている問題や、山間部農業のさまざまな問題について、地域で考え、活かしていきたいと考えていました。そのような対話の中で今回の企画が実現。まずは、JA愛知東の女性部の方々へ、中沢所長による講演が行われました。
「自然の叡智」を取り戻すために
中沢所長と愛知との関わりは、2005年に開催された「愛・地球博」にさかのぼります。中沢が関わった万博の初期構想で、テーマとして浮上してきたのが「自然の叡智」でした。このテーマの生まれた背景には愛知県瀬戸市にある「海上(かいしょ)の森」という里山がありました。当時、この「海上(かいしょ)の森」を切り出して万博会場とした後、住宅地にするという計画が持ち上がっていたのです。しかし、そうではない豊かさの方向を考える中で、「万博といえば大きなパビリオンをいくつも建てるという定石のあり方ではなく、この先の豊かさとはなにかを考え、「森」そのものが会場となるような、自然からの呼びかけに満ちた、まったく新しい万博のあり方」と考えたといいます。そこで出て来たのが「パビリオンを“建てない”万博」というアイデアでした。
「人間の知恵だけで世界を勝手に作り変えることをやめ、自然——つまり動物や植物と人、両方で良い世界を作っていく」。そんな思想のもと、開催が決定した愛知万博でしたが、その後旧来型の万博へと方向転換。構想メンバーがこだわった「海上の森」は守られたものの、「自然の叡智」という言葉だけが一人歩きし、残念ながら当初思い描かれた思想が体現されることはありませんでした。
中沢所長は、「里山」にこそ、日本の伝統文化、残していくべき「自然の叡智」が残っていると話します。
「里山というのは日本の景観、生産の場所でもあり、日本の美しい文化、伝統の象徴で、農業がベースになっています。そこでは、人間がやりたいことと、もともとそこに棲んでいる動植物らとが、互いに要求していることを持ち寄って、交渉して、両方のいいところを取り出しながら、里山の秩序は成り立っているんですね。人間だけの慮りだけでできているわけではなくて、自然の知恵がすでに組み込まれている場所なんです」(中沢)
里山をつくりあげた日本人の知恵。それは「世界に冠たる伝統」であり、それこそが「自然の叡智」であるということ。人間側と自然が呼応しあって、親しみ合って、両方にとって、不幸せじゃない田畑をつくり、そしてそれが生業として暮らしを支える生活が、日本人の文化を作ってきた根幹でもありました。
「歴史のなかで作りあげた文化、暮らしの土台がいまに生きている場所。それが農村部なのではないか。土地に人が住み、生業をやり、そのなかで、古い日本人の作ってきた知恵がつながっていく。それを新しく成長させていくことがいま求められているのです」(中沢)
そうした、日本人がこれから何を大切にして、原理として生きて行かなければならないのか。それは野生の科学研究所大きなテーマでもあります。
その中心であり、きっかけとなるのは、やはり「農業」なのではないかと中沢所長は考えています。
いま揺らぎつつある「平和」であるということ。それは日本人の民族の土台となる考え方でもあり、農民とって重要な要素でもありました。戦争は土地を荒れさせ、労働力も失ってしまう可能性がある不要なもの。そうした平和思想のベースにも、やはり農業がありました。
「農村の思想、原理みたいなものを、現実の生活や、生業のなかでうまく取り込んでいくやり方はないのか。引き継ぎ、守っていく以上に、もう一度、現代の世界でどう活かしていくのか。そういったことを一緒に考えていきたいと河合組合長と話し合ってきました。日本の農村も、JAも変わっていかなきゃいけない。いいものは残しつつ、無駄なものを切り捨てていく。その第一歩として今日があるのでは」と中沢所長は話を締めくくりました。
農業を取り巻く厳しい現実
愛知県の北東部に位置する中山間部のJA愛知東の女性部の活動について、お話いただきました。地域の女性たちが集まり、食や農に関する教育事業、管内の農畜産物を使い、地産地消を目指すお惣菜やお弁当、加工食品などの販売業、地域の相互扶助となるコミュニティサービス事業などを展開しているとのこと。
今回の懇親会の昼食として出していただいたお弁当は、「助け合い組織 つくしんぼうの会」の方々の手によるもので、地元産食材を使い、味は玄人はだし。規格外の梅を使いジュレタイプの梅ソースにしたり、柿を使った柿酢やポン酢などを地域の直売所などで販売し、その他にもデイサービスや地域のイベントにも参加したりなど、地域になくてはならない存在になっています。
また、質疑応答では、実際にいま直面しているさまざまな問題についてのお話もうかがうことができました。たとえば、過疎や人口減少の問題は、次の世代の担い手不足の問題とも深く関連しています。
中でも、普通のなすが赤身のマグロなら、大トロにたとえられるほどのおいしさだという、愛知県の伝統野菜に認定された設楽町の「奥三河天狗なす」。作り手の佐々木富子さんは「愛知県内の市場には出回ることがないのはおかしい」と問題提起をしました。たとえば「奥三河天狗なす」の価値をつけて、直接消費者へと売って行くことも解決法のひとつかもしれません。そのためにはその「おいしさ」を伝え、どこで食べられるのかも合わせて伝えていくことも大事です。しかし、PRしても、作り手がいなければ本末転倒。出荷するほどつくるには人手が足りないし、作り手は年寄りばかり。若い人が都会へみな出て行ってしまい、山間地域でどう作って残していくのか、そのすべはあるのか、悩んでいるといいます。JA愛知東女性部の方々が感じている問題は、実際の暮らしに根ざした切実な問題でもあり、この地域に限ったことではないのではないでしょうか。
「自分たちのやっていることの価値をあげて行くこと。地域や特産物の魅力を掘り起こし、発信していくことが大事なのではないか」と中沢所長の言葉通り、なにが大事か、何を守って行くべきなのか、もう一度見つめ直すきっかけを与えてくれる、有意義な懇談会となりました。
(写真/野生の科学研究所 文/薮下佳代)