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価値の生まれるところ ー吉本隆明の経済学

2014/10/20

価値の生まれるところ ー吉本隆明の経済学

中沢新一編著による、『吉本隆明の経済学』が刊行されました。

『吉本隆明の経済学』刊行記念イベント(2014年10月18日 八重洲ブックセンター)のお話より今回の書籍について、「価値の生まれるところ ー吉本隆明の経済学」としてまとめました。どうぞご覧ください。

マリクレール吉本隆明にとって、敗戦というのは重大な意味を持っていました。戦前軍国少年だった吉本さんは、日本的価値に対して大きな信頼を置いていました。それが敗戦を迎えたとき、一朝にして真逆の方向へ大転換してしまった。世の中のひとは「民主主義」や、「新しい日本」という方へ向かって行きましたが、吉本さんはそうは考えませんでした。なぜ日本が負けたのか、負けざるを得なかったのはどうしてなのか。日本は必然性をもって負けた、この必然性はいったいなんなのか。吉本隆明は、大変な切実さでその根本へ深く降りていたのでした。

結果、吉本さんの思考は日本人には世界認識の方法がなかった、という考えへと至ります。日本人が民族的に優秀であるとか、竹槍で飛行機に勝てるとか、そんなことを言い出していた。そうして戦争へ突入し敗戦を迎えました。そのとき決定的に欠けていたのは、世界史というものはどう動いていくか、世界におきることをどう認識していくのか、その方法であったのです。価値の生まれるところまで降りていき、世界認識の方法を獲得しようと思った、ただひとりのひとが吉本隆明という人でした。
ここに吉本隆明の偉大さがあります。

そして吉本さんはマルクスを読み、大きな衝撃を受けました。世界認識の方法において、マルクスはダントツのものを持っていた。マルクスの世界認識の方法、それこそが経済学でした。自分は経済学を始めなければならない、そういって敗戦から数年間、一から、独学で、猛然と経済学の勉強を始めます。アダム・スミスやリカードを隅から隅まで読み、そしてまたマルクスを微細に分け入って繰り返し読んだ。シモンド・ド・シスモンディやジャン・バティスト・セイにいたるまですべてを勉強し、そしてそこから世界認識の方法を抽出したのでした。

この方法を基に書かれたのが『言語にとって美とはなにか』という書籍です(そこで経済学をやる、とならないのが吉本さんのおもしろいところです)。この本の中で吉本さんは、文学とはなにか、美とはなにかという問題に、この経済学の方法論を投入していきました。そこから『共同幻想論』や『心的現象論』などの研究に入っていくわけですが、吉本さんの発想の源泉にはいつも経済学がありました。経済学そのものを論じたり、語ったり、論文や書籍を書いたりすることはなかったけれども、通底音のように響いています。それは、いろいろな機会に、たとえば「いま消費社会といわれていますが、あれはどういう意味でしょう?」とか、「政治家がこんなことを言っていますがどういうことでしょうか?」や、「農業が衰退に向かっていますが、大丈夫でしょうか」などの対話の中で、散発的に浮かび上がってきています。

今から6年前、吉本さんにそんな話をし筑摩書房にもお話して、今回の書籍ははじまりました。まずは吉本さんが話し、書いたものの中から、経済学が主題となっているものを集めて分類していきました。それを持って吉本さんに確認したところ、急にね、経済学というのは自分にとってすごく大事だから、この本は自分が書くよ、といい出したのです(笑)。そんな時間がどこにあるのでしょう(笑)。エーッ、と思ったけれども、自分で書くと言っているのだから仕方ないなあ、まいったな、と思い大事にとっておいたのでした。そんなうちに書きものが出来なくなってしまい、そのまま帰らぬ人になってしまった。そうして残された課題にずっと取組み、できあがったのが今回の『吉本隆明の経済学』です。自分としてはめったにない書籍のタイトルですが、この本に関しては愚直なほどのものを込めた書籍をつくりたかったのです。

吉本さんの思想の背後にある「経済学」というのは、いままで取り出されたことはありませんでした。このような形で、吉本さんの経済学の体系を取り出してみたら、それは本質的に、吉本さんの言わんとする言語の詩的構造や、芸術言語論のようなものでつくられた経済学の構造をしていることが見えてきました。これは今読んでも新鮮で、鮮やかな示唆をわたしたちに与えてくれます。これまでの経済学の、どこにも属さない「吉本隆明の経済学」は現代ますます重要な意味をもっているといえるでしょう。ぜひお読みください。

中沢新一

『吉本隆明の経済学』刊行記念イベントより
(2014年10月18日 八重洲ブックセンター)

 

合わせて読みたい! 『吉本隆明の経済学』を知るための書籍
(青山ブックセンター『吉本隆明の経済学』フェアより一部抜粋)

yoshimototakaaki
現代の経済も経済学も逆立ちして頭で立って歩いている。
吉本さんはそれをひっくり返して、足で地面の上を歩く経済学をつくろうとした。
ものすごいアイディアのつまっている宝庫のような本。その背景に人類の英知がうなりをあげている。

筑摩選書100『吉本隆明の経済学』中沢新一編著

2014年10月15日発売/本体1,800円/四六版/386頁
ISBN:978-4-480-01570-9

AMAZON ☞ こちら

 

ケネー『経済表』(岩波文庫)
ここから経済科学ははじまった。もっとも偉大な本。

リカード『経済学および課税の原理』
賃金って何?税金って何?地代って何?そういうことが手にとるようにわかる。

アダム•スミス『国富論』
吉本さんが愛した経済学の古典。これもスコットランド人の発明でした。

マルクス『資本論』(国民文庫)
今あらためて読むと、この本のすごさが実感される。詩人たちも読んだ。

スラッファ『商品による商品の生産』
現代アートの精神で書かれた「20世紀の資本論」。リバイバルを!

吉本隆明『言語にとって美とは何か』
  〃 『共同幻想論』
  〃 『ハイ•イメージ論』
  〃 『超資本主義へ』
  〃 『アフリカ的段階』
  〃 CD講演集

ボードリヤール『象徴交換と死』
消費資本主義について考えるならこの本。

三浦つとむ『レーニンから疑え』
吉本さんの思想形成にもっとも大きな影響を与えた一冊。

三木茂夫『胎児の世界―人類の生命記憶 (中公新書 (691)) 』
認識の革命をもたらした本。吉本さんを魅了していました。

モース『贈与論』(岩波文庫)
贈与価値論について知りたいなら、まずこの本!

早川二郎『日本歴史とアジア的生産様式』
吉本さんが好きだった早川二郎。「アジア的」、「アフリカ的」を知るために。

 

 

 

 

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