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明治大学広報誌「知の集積」

2013/12/20

明治大学野生の科学研究所の活動紹介が、大学の広報誌の新コーナー「知の集積」に掲載されました。 研究所の概要、これまでの活動や今後の展望などがまとまっています。

学内向けではありますが、少し手を加えてご紹介いたします。

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 明治大学 野生の科学研究所

野生の科学研究所は科学を生命や人間の自然な思考にしなやかに寄り添っていけるものに作り替えていくことを目的として、2011年10月に開所しました。

人文科学は2000年を越える知識の蓄積をもった学問です。人間の認識力や社会の本質についての深い探求を多方面にわたって繰り広げてきました。その大きな特徴は今日の自然科学がベースにしている合理性よりもさらに深い合理性が、人間の知性には存在しているという前提に立って、さまざまな探求をおこなってきました。人文科学は情報や機能には還元できない知性活動が、人間という生き物を作っていることを研究してきた学問とも言えるでしょう。その人文科学がいま危機に瀕しています。その人文科学を新しい地盤に立って再生するための試みが必要になっています。いまそれができなければ人文科学はますますやせ細り、自然科学とのバランスも失われてくる。それは人間にたいする理解を歪めてしまいます。そこで私たちは、今日まで人文科学が蓄積してきた、しかし未だ十分には利用されていない知識の蓄積を今日にふさわしい新しい形に変容させ、人文科学を固有の学問(サイエンス)として生まれ変わらせようという意気込みのもとに、この研究所をスタートさせました。

 

野生の科学とはなにか

2『野生の思考』野生の科学研究所という名前は、フランスの人類学者、クロード・レヴィ=ストロースが書いた『野生の思考』という本に由来します。レヴィ=ストロースは、人間の思考には「野生の思考」と「飼いならされた思考」の二種類があると記しています。現代世界は「飼いならされた思考」の世界です。その思考は都市空間や合理的な経済システム、社会システムなどに実現されています。しかし人間の心の中にはそれだけでは管理しきれない領域が生き続けています。それが「野生の思考」である、とレヴィ=ストロースは考えました。私たちはその考えへのオマージュをこめて、人文科学の自律をめざすこの研究所にこの言葉を使うことにしました。

今、人文科学自体が現代経済からの大きな影響を受け、功利性や合理性という方向へ流れされはじめています。「合理性を越えた合理性に根ざす」とした、人文科学の土台が突き崩されつつあります。私たちはもういちど人文科学の土台をつくりなおさなければならないと考えます。しかし合理性を越えた合理性に立つといっても、それは学問として厳密な構造性を持っていなければいけません。私たちはあくまでも「科学=サイエンス」として出発しなければなりません。そのことはつねに人文科学の最良の部分が目指してきた考え方であって、その意味では野生の科学研究所は、人文科学の最良の部分の伝統の上に立って、それを現代に復活させようとしている、と言えるかもしれません。

この研究所はいみじくも2011年3月11日の大震災の直後に発足しました。このことは大きな意味を持っています。3.11という出来事を通じて日本人が知ったことは、自然という存在の大きさや人間を越えた力、複雑さ、多様性が、どんなに科学技術の発達した現代においても、依然として存在し続けているという事実でした。多くの人々がそれを目の当たりにして自分たちの世界の作り方やライフスタイルを変えていかなければならないと真剣に考えるようになりました。そういう日本人の中に生じている意識の変化と、この研究所のめざしていることは合致しています。その意味では人文科学の再生という意図を越えて、日本人がこれから目指すべき世界観や哲学を構築していく実験の場所になっていく、という目的がますます鮮明になってきました。

 

学問を「野生化する」—— 研究内容について

まずはエネルギーと経済の問題について、当初からの大きなテーマの一つである贈与論を柱に研究が進められています。人間にとっての交換の原初的な形態である贈与は、与える者(giver)と受ける者(taker)の間の相互的な対話状態の中に一種の均衡点を探っているとも言えますが、祝島のような島経済ではこのことが目に見える形となって具現化されています。そこで、この半農半漁の小さな島における経済活動や、株内・講・惣といった社会関係単位に着目し、伝統的な地域社会にみられる循環型の自然エネルギー資源活用法の研究を進めています。

これと平行する贈与論の研究会では、贈与の原理がどのように動いているのかを哲学、経済学、社会学などの領域にわたって議論を交わしています。このように常に具体的なフィールドと研究会とが一体となり、実践と理論が相互関係のなかで作られていくような研究方法がこの研究所の大きな特徴の一つでといえるでしょう。

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 山口県祝島              公開講座「贈与の哲学 ジャン=リュック・マリオンの思想」

経済学にも新しい知の形態が求められています。林業の領域では今、日本の森林荒廃が進んで大きな危機的状況を突きつけられているわけですが、この問題を乗り越えるためには日本の森林を実践的に作りかえていく試みを行うのと同時に、森林が人間に与えるものの意味を研究し、それを経済学のなかに組み込んでいかなければなりません。奥多摩や西粟倉の森で行われているプロジェクトにはすでにその一端が見え始めています。また農業の領域での試みは、東北の「緑の山伏」の活動や「トーテミズム農業」の研究というかたち展開しています。

これら新しい知の形態の創出にあたって、科学の構造を再検討する必要があります。そのために、最大の先駆者である明治の博物学者、南方熊楠についての研究を進めています。南方熊楠の思考の世界を明らかにすることを通して、多様性を原理として動いている全体をとらえるための、次の時代の科学的方法論を探ろうという試みです。考古学、人類学、科学方法論、民俗学、それらすべてが結合してくるでしょう。それこそまさに南方熊楠が行おうとしていた研究であり、わたしたちが目指す知の変容なのです。

このように野生の科学研究所では、人間の世界を人間の原理だけで閉じられたシステムにしようとする近代に特有の思考を脱構築して、「自然」の原理を含んだ科学を作ろうとしています。ここで行おうとしている試みを「野生化する」と呼ぶとしますと、この研究所が行おうとしている探求は「経済学を野生化する」「数学を野生化する」「社会学を野生化する」「法学を野生化する」「都市論を野生化する」などという試みに結集していくことになります。

 

 広く開かれた研究所へ ——今後の展開

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また大学と社会の垣根を越えて広く社会一般に研究成果を発信すべく、研究会の一般公開にも積極的に取り組んでおります。明治大学において新しい知の形態を作り出すということは大きな意味を持っています。その一翼を担うべく、研究所の成果を発表していくにあたり、明治大学出版会を通じて新しく「野生の科学叢書」を発刊し、明治大学から生まれたこの研究所で展開されている知の変容を発信していこうとしています。

また大学と社会の垣根を越えて広く社会一般に研究成果を発信すべく、研究会の一般公開にも積極的に取り組んでおります。

野生の科学研究所は大学の学部組織を横断していく位置にありますので、文学、経済学、農学など多彩な研究分野が、垣根を越えて結びついていく場になるはずです。それぞれのフィールドにおける探求がひとつに結び合い、互いに響き合いながら展開していくような研究所でありたいと思っています。学内の皆様にもいつでも扉は開いています。ぜひ自由にご参加いただければと思います。

 

 

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